身ひとつでできること
*2016年ごろの旧ブログに掲載した記事をリライトしました
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ひさしぶりの投稿◯
気がつけば、春の陽気で、酔いつぶれた若者や踊るおじさんを横目に、お散歩が気持ち良い季節となりました。
サッカー 長友 佑都 選手の公式facebookの投稿で、毎朝廊下で ”ヨガ友教室” をしているという動画がアップされていました!
ヨガはスペースがないところでも、ヨガマットの幅さえあればできちゃうんです!
座ってする瞑想だって、座るスペースがあればできます。
快適さを考えたら、静かな場所で隣の人ともある程度の距離が保てる場所で、、など
みなさんの理想をあげればキリがないですが。
私がヨガを続けていこうと思ったきっかけのひとつは(今のところ、約20年)
「身ひとつでできる」
ということでした。
(安全のためにヨガマットほしい、とかはあるけど)
何故か幼い頃から、何があってもだいじょうぶ!なように
身ひとつでできることに興味がありました。
地震が定期的に起こる高知県で育ったということも一つの要因です。
感受性が強く、いつもその時が来ることに不安を抱えていたし、自分の心を
どうすれば強くできるのかと考えていました。
歌うことや踊ることが好きな私ですが、理由は同じ。
最悪何も持っていなくても踊れたり歌える身体があれば、それによって周りとも繋がれる、そう思っていました。
ミニマリスト、持たない暮らしが注目を浴び、現在もその流れは続いているように思います。
私もできるだけ少ないもので暮らすことを目指していました。
私は旅行が好きなのですが、旅に出ると「これだけで人は生活できるんだ」という最小限のモノを厳選できるし、自分に必要なものがわかってきます。
心配性でいろいろなものがないと不安で、巨大なスーツケースで旅していた私ですが、旅を重ねるたびにどんどん荷物は小さくなっていきました。
いつでもさっと旅に出られるくらい身軽でいたいし、
引っ越しも多い方なので、すぐに次にいける身軽さを目指してきたように思います。
音もミニマルが好きなので、少ないの、好きです。
女子なので、身ひとつだと危険だったり、オシャレしたい、とかあるので
今は、現代の恩恵を享受して楽しんで生きていますが。
基本的には 「これがないとできない」じゃなくて、身ひとつで最小限の道具で、まさにミニマルな生き方を目指してます。
リトリートという、非日常の場所でヨガや瞑想をすることが流行っていますが、私はどちらかと言うと、ものすごい騒音の中でも、日常の場所でヨガしたり瞑想したりすることを実践してきたタイプでした。日常生活は雑音にまみれています。昔ヨガを実践していた人たちの時代に比べて、現代は雑音だらけとも言えます。
「山に篭もりたい、社会との関係を切りたい、、、」と苦悩していた時代の自分が
「日常を生きること」に意味を見出したのも、姉がすぐ隣で勉強する部屋でした笑
「静かじゃないとできない」
「広くないとできない」
「子供がいるからできない」
環境が整っている場所に遠い生活を送っていると、それが不可能のように感じるかもしれません。
でも、目を閉じていなくても、瞑想をすることはできるし、呼吸法や動きなどヨガの一部を実践することはできます。
その人に合った、いろんな方法があると思うのです。
なので、瞑想へのイメージや概念を覆す、ちょっと変わった『目からウロコの瞑想の講座』や、瞑想状態を体験して、座ってる瞑想も入りやすくしよう、っていう目的も込みのクリスタルボウルと光のコラボイベント、満月ナイト◯も毎月行っています。
自分の心身を鍛えることは、想定外のことが起こったときに役に立つと思うのです。もちろん、気持ちいい場所に行って、ヨガしたり瞑想したりするのはおすすめだしチャンスがあるなら体験してみたらいいと思います。
雑音のなか、静かな場所、どちらもやって欲しいなーと思います。
最後までよんでくださって、ありがとうございます◯
HARI OM OM TAT SAT
RIE
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